東京大学大学院工学系研究科 物理工学専攻 押山研究室

東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻

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I-1-(1) 炭素ナノ物質での新物性探索

1970年に大沢映二によってその存在が予言された[化学 25, 854 (1970)]カーボン60は、1985年にKroto、Smalley、Curlらによる質量分析実験でその存在が確かめられました。さらに1990年にKratschmer、Huffmanらにより炭素電極のアーク放電を用いた結晶合成が成され、直径0.7 nm のサーカーボール(フラレン)の存在は動かしがたいものとなりました。C60以外にも、C70、C84などの様々なフラレンが発見されており、また金属原子などが内包されたフラレンなども合成されています。フラレンの発見により、Krorto, Smalley, Curlは1996年のノーベル化学賞を受賞しています。

図1
フラーレンC60分子の構造

一方1991年、NEC筑波研究所の飯島澄男は、C60を合成した後の炭素電極に注目し、陰極側に炭素でできたナノメートルのサイズのチューブが存在することを発見しました。炭素ナノチューブが人類の前に初めて姿を現したわけです。炭素の最も普通の形態は層状のグラファイトですが、飯島の高分解能透過電子顕微鏡観察によると、炭素ナノチューブはこのグラファイト1層1層を丸めた形をしていることがわかりました。

図1
炭素ナノチューブの構造

その後、フラレンがチューブの中に詰め込まれた炭素ピーポッド、分子修飾されたフラレンが重なった炭素シャトルコック等、ナノサイズの炭素物質が次々と発見あるいは合成され、炭素ナノ物質の科学は大きな展開を見せています。2010年のノーベル物理学賞は、グラフェン(層状物質であるグラファイトの1枚からなるナノ物質)の作成と新たな量子ホール効果を発見した、GeimとNovoselovに与えられました。

図1
炭素ピーポッドの原子構造

図1
修飾されたC60分子(炭素ナノ・シャトルコック)の分子磁性。黄色い雲が電子スピンの分布を表している。
[Chemical Physics Letters: 399, 157 (2004)])

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我々は、フラレン、チューブの発見以来、実験に先駆けてあるいは実験と同時進行で、計算科学の手法により炭素ナノ物質の新物性、新機能を解明、予測してきました。C60フラレン固体が半導体的性質を有することの予測[Physical Review Letters: 66, 2637 (1991)]、アルカリ原子ド-ピングによる金属化と超伝導性発現の予言[Physical Review B 44, 11536 (1991)]、炭素ナノチュ-ブがその直径、軸方向(カイラリティ)のわずかな違いにより、金属から半導体までの様々な物性を示すことの予言[Physical Review Letters: 68, 1579 (1992)]などが、そうした理論計算による予測の一例です。

また、最近ではフラレン固体の圧力誘起金属化[Physical Review Letters: 83, 1986 (1999)]、炭素ナノピ-ポッドにおける、直径の僅かな違いによる金属化・非金属化[Physical Review Letters: 86, 3835 (2001)]、グラフェンとナノチュ-ブでの強磁性発現の予言、[Physical Review Letters: 87, 146803 (2001)]、二重チューブの曲率制御による金属化[Physical Review Letters: 91, 216801 (2003)]、などの理論的予言を次々に行っています。実験的検証が待たれます。

図5
有限長炭素ナノチューブにおける磁性。
僅かな直径の違いで、反強磁性的(左:zig08_spin)、磁気秩序を示す。

図7
ピーポッドにおけるバンドギャップのチューブ直径、内包フラーレン依存性。
ゼロはギャップレスを意味し金属となる。

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さらに炭素ナノチューブのエレクトロニクスへの応用を見据えて、ナノチューブと金属界面の電子状態を調べ、金属元素の種類、チューブの直径に応じてキャリヤーの自発的注入などの現象が期待されることを見出しました。[Physical Review Letters: 95, 206804 (2005)]

図1
アルミ表面上に吸着された炭素ナノチューブの電子状態。
吸着によりアルミと炭素ナノチューブの電子状態の間に軌道混成が生じている。

炭素ナノチューブをトランジスターのチャネルとして用いた場合、コンダクタンスと共に重要な量はキャパシタンスです。我々は、密度汎関数理論によるキャパシタンス計算手法を定式化し、ナノスケールのキャパシタンスにおいては、ふたつの量子効果が重要であることを見出しました。第一は波動関数の浸み出しによるキャパシタンスの増大効果です。第二は、ナノ構造に特徴的な電子状態密度の有限性に起因する、キャパシタンスの顕著なバイアス電圧依存性です。両者ともナノ構造トランジスターの設計に欠かせない重要な物理特性です。[Physical Review B: 76, 155436 (2007), ibid., 79, 235444 (2009)]

図1
二重壁炭素ナノチューブからなるナノキャパシター

炭素ナノ物質の重要な特徴は、内部にナノ空間が存在することです。電子の波動関数の分布は、その内部空間の広がりに大きく左右され、新物性を生み出します。また、その内部空間をナノの鋳型として活用し、通常は実現しない構造を作ることも可能です。図は、炭素ナノチューブ内に閉じ込められた水分子が固化し、自然界では今まで実現しなかった鎖状の氷が安定化する様子を計算で示したものです。[Physical Review B: 75, 205424 (2007)]

図1
(14,2)炭素ナノチューブ内で固化した氷。(a) 五角形積層構造、(b)五角形螺旋構造、(c)五角形二重螺旋構造。

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