東京大学大学院工学系研究科 物理工学専攻 押山研究室

東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻

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I-3-(2) 薄膜エピタキシャル成長の量子論

半導体テクノロジーでは、薄膜を制御良く成長させることは重要な製造技術のひとつです。デバイスの微細化に伴い、その制御は量子論で記述されるナノメートルの領域に突入しています。そこでは多くの未知の現象が隠されています。

成長中での高ミラー指数をもった小さな面(ファセット)の出現はその一例です。Si(100)面上でのエピタキシャル成長中に、(311)ファセットが出現することはしばしば見られます。しかし(311)面は決してエネルギー的に安定な面ではありません。熱力学的には、そうした面が出現する理由はありません。当研究グループでは、密度汎関数法計算により、Si(100)面上では2原子差からなる表面ステップが安定に出現し、表面上の拡散原子がこの2原子層ステップを降りる時、大きなエネルギー障壁を感じ、従って2原子層ステップは(100)方向に次々と重なり合うことを見出しました。この重なり合った2原子層ステップのヘリは、正確に(311)面と一致します。これが(311)ファセット出現のミクロな理由と考えられます。[Physical Review Letters: 74, 130 (1995)]

IV族元素のエピタキシャル成長では、原料の分子として水素化合物がよく使われます。その結果、成長表面は水素で覆われているのが通常です。従って水素で被覆されたSi表面上に飛来した原子の挙動はとても重要です。当研究グループでは、密度汎関数法計算により、水素原子で被覆されたSi表面に新たにSi原子が飛来すると、それは水素をはいで、自らがSi原子と結合をつくることを見出しました。驚いたことに、そうした原子反応がエネルギー障壁なしに起こることを計算は示しています。[Phyisical Review Letters: 79, 4425 (1997)]水素原子は十分小さいため、飛来Si原子は十分表面に近づくことができ、それにより下地のSi原子と結合を作り、水素原子と下地Si原子との結合切断によるエネルギー損を補償していると考えられます。

こうしたバリヤーフリーな置換原子吸着が起きるのは、表面上の限られた場所だけです。従って、水素被覆Si表面上を、飛来SiあるいはGe原子が拡散する際には、下地Si原子を巻き込んだ原子反応が起こります(図)。こうした原子反応の理解は、サーファクタント・エピタキシーなどの成長現象のミクロな理解と制御のために重要です。

図1[図:水素で被覆されたSi(001)表面上での飛来したSi原子の拡散の原子素過程(部分図)。表面を上から見た図であり、白丸がSi原子、黒丸が水素原子、網丸が飛来したSi原子。飛来原子は最安定な位置に吸着し(a)、そこから図の上方に移動していく(b)。ある地点まで来ると、横方向に移動し(c)、さらに表面下にもぐりこむ(d)。このもぐりこみによって、他のSi原子(番号4)が追い出され、さらに上方に移動していく(e)。それぞれの図に付された数字は、電子ボルト単位でのその配置の全エネルギー。]

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