東京大学大学院工学系研究科 物理工学専攻 押山研究室

東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻

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I-3-(1) 半導体表面での原子構造の決定と新機能探索

結晶表面では、周期的な原子構造の並びが断ち切られるため、結晶内部では現れなかった現象が発現します。例えば半導体表面では、共有結合を結ぶ相手のいなくなった表面原子は、その結晶の位置からずれて、表面原子同士で新たな結合を作り、エネルギーを得しようとします。しかし、結晶の位置からずれること自体は周囲に歪をもたらし、エネルギー的に損です。損得勘定の結果、半導体表面はいくつかの綺麗な表面長周期構造を示します。これを表面原子再構成と云います。

半導体表面は原子レベルで平坦ですが、ところどころに原子レベルの段差があります。これをステップと云います。ステップの構造と安定性は、ステップが原子反応の場を提供していることから、大変重要です。当研究グループでは、Si(001)面のステップの構造とステップ生成エネルギーを密度汎関数法計算で求め、そこでのSi原子の拡散の機構を明らかにしました。[Physical Review Letters: 74, 130 (1995)]

また水素原子で被覆されたSi表面は、エピタキシャル成長中の表面の通常の形態であり、その構造同定は重要です。図は水素被覆のSi(100)表面の安定構造を密度汎関数法計算で決定し、走査型トンネル顕微鏡のトポグラフ像を計算したものです。[Physical Review Letters: 81, 5366 (1998)]こうした精密計算と精密計測の共同により、半導体表面での原子1個1個の構造の同定が可能になります。

図1[図:Si(001)表面上の走査型トンネル顕微鏡の像。図の真ん中に原子層1段のステップが存在し、左側が上段、右側が下段の表面。白丸は上から見たSi原子の並びであり、黒丸はSiに付着している水素原子を表している。原子の並びの違いに応じて、電子雲の広がりが異なり、それが顕微鏡像となって観察される。]

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また、表面には特有な表面電子状態が発生します。この表面電子の遍歴性と局在性により、電子のスピンが重要な役割をする場合があります。特に走査型プローブによる表面での原子操作が可能になりつつある現在、ナノスケールでの原子操作による表面新機能の発現が期待されます。当研究グループでは、水素で被覆されたSi(111)面に対して密度汎関数法計算を行い、部分的に水素原子を引き抜くことにより磁性が発現することを見つけました。[Physical Revies Letters: 90,026803 (2003)]図はその磁性を担う究極の磁気ユニットです。水素を剥ぎ取られた4つのSi原子のダングリング・ボンドは、互いに強く逆向きのスピン配向をし、その結果全体でS=1のスピンを持ちます。もしこれが記憶ユニットとして使えれば、究極の不揮発磁気メモリーとなるでしょう。

図2[図:水素原子で被覆されたSi(111)表面上で水素原子を制御良く取り除くと電子スピンが出現する。白丸は水素が付着した表面Si原子の位置を表し、赤丸と水色丸は水素を取り除いた表面Si原子の位置を表す。赤丸Si原子の周囲では電子のスピンはひとつの方向を向き、青丸原子付近では逆向きのスピン方向をもつ。そのスピンの向きの大きさが等高線で表されている。4つの表面Si原子から成る三角ユニットでは、したがって、2個の電子分のスピンがひとつの方向を向いていることになる。電子スピンの向きがある方向に揃ったものが磁石である。]

また図は、この究極ユニットを組み合わせることによる表面強磁性状態の提唱です。量子論に基づく計算によってデザインされた水素原子引き抜きパターンであり、近い将来実現されるのではと期待が高まります。

図3[図:水素原子で被覆されたSi(111)表面上で、左図のように赤丸表面Si原子に付着した水素原子だけを取り除くと、電子スピンの密度は右図のような等高線のようになる。スピンがひとつの向きをもった電子の分布が実線の等高線で、逆向きスピンをもった電子の分布が点線の等高線で表してある。実線で表される向きのスピンをもった電子の数の方が多いので、全体として磁石になる。]

また表面には特異な電子状態が出現します。図はSi表面およびAl表面上に浮遊している電子状態です。通常電子の波動関数は原子核あるいはイオンの周囲に分布していますが、この状態は、表面から離れた位置、原子が存在しない真空中に大きな確率振幅をもち、あたかも表面上をフロートしています[Floating State]。こうした状態の出現理由は、電子同士の量子論的な交換・相関相互作用に関係しています。[Surface Science: L177, 585(2005)]

図2[図:Si(111)表面上の電子状態の波動関数。量子論によれば波動関数の値はその状態の電子の分布を表す。通常の電子波動関数は、右図のように、ボールとスティックで表されたSi原子核のそばに分布しているが、左図のような、表面上に浮かんでいるような電子雲をもつ状態も存在する。]

半導体表面は様々な薄膜を成長させる母体です。半導体テクノロジーはそうした表面を舞台とする物質生成によって支えられてきました。今、新たな機能をもつナノ物質群が発見されつつありますが、それらが次世代テクノロジーを支える起爆剤となるためには、半導体表面でのそれら物質群の振舞い、機能を明らかにすることが重要です。図はSi(100)面のステップに吸着した炭素ナノチューブの安定構造です。(100)方向からわずかだけずれた微傾斜面に生じた原子層ステップに、炭素ナノチューブが選択的に吸着し、特異的な1次元電子状態を生み出すことがわかりました。[Physical Review Letters: 96, 105505 (2006)]

図2[図:Si(100)面2原子層ステップに吸着した(5,5)炭素ナノチューブの安定構造と、フェルミ準位を横切る、金属的電子状態の波動関数の空間分布。]

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