東京大学大学院工学系研究科 物理工学専攻 押山研究室

東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻

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I-2-(1) SiとGe中の点欠陥と不純物

半導体中の原子空孔がどのような原子構造をとり、それによって電子物性にどのような影響を及ぼすかを、量子論によって明らかにすることは、テクノロジーの進展にとって不可欠です。一方、完全結晶に導入された不完全性は、新たな現象を引き起こし、物性物理学の好個の舞台を提供します。

例えば、正四面体と同様な回転・鏡映対称性をもつシリコン結晶で、原子がひとつ取り除かれると、パートナーを失った近接原子は近接原子同士で手を結び、空間の対称性を下げて安定化します。これをヤーン・テラー効果と呼びます。この効果の発現は、近接原子同士の再結合、周囲の原子群の弾性的相互作用、そして原子空孔周囲の電子状態に収容された電子間相互作用の間のバランスによって決定されます。それを量子論の第一原理に基づいて明らかにすることは、計算科学に対するひとつのチャレンジです。我々による、シリコン中単原子空孔および複原子空孔の構造と電子物性の決定は、そうしたチャレンジの一例です。[Physical Review Letters: 68, 1858 (1992); ibid., 73, 866 (1994); Physical Review B: 77, 115208 (2008)]。

ヤーン・テラー効果が生じない例も、最近見つかりました。それはシリコン中のデカ原子空孔(deca-vacancy)V10です。様々な熱処理により、結晶中には大きな原子空孔が生成されます。それらは特定のサイズと形状を有すると考えられます(魔法数とナノ形状)。デカ原子空孔の生成エネルギーが比較的小さいことより、10はひとつの魔法数であり、ヤーンテラー効果の生じない対称性の高い構造が安定ナノ構造と考えられます。そこでは、電子スピンが偏極する可能性も見出されています[Journal of Physical Socciety of Japan: 79, 093711 (2010)]。

Si上のGe 薄膜、あるいはSi-Ge膜状のSi薄膜は、電子デバイスとしての応用上の重要性から盛んに研究されています。それは微細化が極限に達したシリコンテクノロジーにおいて、シリコンそのものより電子移動度の高い材料を探索するという試みの一環です。SiとGe は 4%だけボンドの長さが違うのですが、その違いがストレスを生じ、そのストレスが不思議なことに電子移動度の上昇を引き起こすのです。

当研究グループでは、密度汎関数法計算により、Si(001)上のpseudo-morphic なGe 薄膜について、Ge原子空孔の生成エネルギーと周囲の原子の緩和を詳細に調べました。その結果、①Si原子層と接するGeサイトでの原子空孔は生成エネルギーが大きいこと、②これはSiのダングリングボンドのエネルギーがGeのそれに比して高いためであること、③Ge 層にかかっている圧縮応力のために、空孔周囲の原子は大きなペアリング緩和を起こし、そのペアリングの大きさは、バルクの場合に比べて17%も大きく、そのためボンドの再結合が起こり、ギャップ中の深い準位が極めて浅くなること、⑤(110)方向に伸びた三原子空孔はエネルギー的に安定となり、これが線欠陥のシードとなる可能性があること、などを見つけました 。これは、Si-Ge 薄膜の基本的性質解明の第1歩です。
[Physical Review B: 77, 045308 (2008)]

スピン偏極は電子状態の局在性と遍歴性のバロメータです。半導体中に原子空孔が生成されると、周囲にダングリングボンドが生じ、そのダングリングボンドの局在性からスピン偏極の可能性が出てきます。しかしこれまでの半導体科学の知識によると、そのダングリングボンドは周囲の軌道と少なからず混成し、波動関数はその結果、かなりの広がりを示します。当研究グループでは、近年光デバイス応用で注目を集めているGaNに着目しました。GaNおよびInGaN は、In とGa の組成を変えることによって、バンドギャップを制御し、可視光領域の全ての波長のレーザーを作ることができるのでは、と期待されている材料です。我々は、 密度汎関数法計算により、Ga 原子空孔ではスピンが偏極した状態が基底状態であることを見出しました。解析の結果、N原子がGa原子に比べて小さいため、Ga原子空孔によって生じたNのダングリングボンドが、有効な格子緩和によるボンド再結合を果たせず、その結果、交換相関相互作用によるスピン偏極が出現していることがわかりました。これ半導体科学のこれまでの常識を打ち破るとともに、GaInN という物質群の、スピントロニクスにおける新たな応用の可能性を開くものです[Physical Review B: 78, 161201 (R) (2008); Journal of Physical Society of Japan: 79, 083705 (2010)]。

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